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ジルソン『神と哲学』から。

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私にとって、哲学とはデカルトでもなく、またカントでもなかった。それはベルクソンだったのである。天才とはこういう人を言うのであろうか、彼の講義を聴くとそれだけ自分の頭が作り変えられるような気がしたのを、私はいまでもありありと思い起こすことができるのである。(中略)それにしても、ベルクソンは、彼の哲学的努力の最初から、一貫してユダヤ・キリスト教への道を歩み続けてきたと後年自分で言っているが、彼自身は当時この道を歩んでいることを知らなかったのであるし、とにかくベルグソンによって聖トマス・アクィナスの哲学的方法に導かれた者は DUNLOP ダンロップ LEMANS5 ルマンV LM705 サマータイヤ 215/55R17 WEDS WedsSport ウェッズ スポーツ SA-72R ホイールセット 4本 17インチ 17 X 7 +48 5穴 100、いまだかつて誰もいないのである。

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私が初めて聖トマスの知識を与えられたのは、1人のユダヤ人、ルシアン・レヴィ=ブリュールLucian Lévy-Bruhlのおかげである。(中略)私は、彼が当時ソルボンヌでおこなっていたヒュームの講義に出席するようになってすぐ、およそ或る哲学を理解するには、彼がヒューム哲学研究において示したこの研究態度で行うべきだと気づき、自分もこれからはそうしようと堅く決心したのである。

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第一は、聖トマス・アクィナスを読むことである。第二は、デカルトは、彼自身のかの有名な方法によって、聖トマス・アクィナスの方法を離れると問題の正しい設定と解決が不可能となるような種類の哲学的問題を解決しようとして、失敗したということである。言い換えると、デカルトの形而上学の諸帰結は、聖トマス・アクィナスの形而上学との関係においてのみ意味をなすことに、私は気づいたのである。

このことは私にとって1つのショックであった。(中略)けれども私は、デカルトの形而上学を専門の歴史家として調べた結果、それがかなりの程度までスコラ形而上学のぎごちない解体修理であったとの確信を持つようになったので、それならいっそ、形而上学を本当に知っていた人たちから直接にそれを学ぼうと決心したのである。

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ということで、ジルソン『理性の思想史』巻末にある、三島唯義「解説 エチエンヌ・ジルソンの人と業績」からですが、だいたい以下のようになります。

いわゆるソルボンヌla Sorbonneとは、パリ大学文学部La Faculté des Lettres de l'Université de Parisのこと。1968年までは文学部と理学部が隣接していたので、併せてソルボンヌと呼ばれていた。1253年にロベール・ド・ソルボンRobert de Sorbonがパリ神学大学として創立、聖トマスも留学に来た由緒ある大学。1808年、ナポレオンの時代に神学校が廃校となり、代わりに文学部・理学部が開設。神学校はパリ・カトリック大学Institut Catholique de Parisに編成し直した。

ジルソンが1905年に入学したときに指導教官は、ヴィクトル・ブロシャールVictor Brochard、ガブリエル・セアイユGabriel Séailles ブリヂストン ECOPIA エコピア NH100 RV 9月末迄 サマータイヤ 225/55R17 KYOHO 共豊 STEINER シュタイナー WX5 ホイールセット 4本 17インチ 17 X 7 +50 5穴 100、ヴィクトル・デルボスVictor Delbos、上記のレヴィ=ブリュール、アンドレ・ラランドAndré Lalandeというメンバー。基本的には実証家で、体系家はいなかった。当時のベルクソンは、1890年以来、コレージュ・ド・フランスLe Collége Franceで「知的努力L'Effort intellectuel」という公開講義を行っていた。

レヴィ=ブリュールは、ヒュームの他、オーギュスト・コントなどを扱っていたらしいですが、このレヴィ=ブリュールから、「デカルトが中世のスコラ哲学から援用した語彙を調べ、デカルトの哲学、ないしは最小限その用語の系譜もしくは源泉を調べること」を勧められ、これが1912年の『スコラ哲学=デカルト哲学索引』Index scolastico-cartésienになったとか。

ということで、最初、「ジルソンのベルクソン評」として紹介しようかと思ったのですが、変な方向に(変でもないか)に転がってしまいました。あくまでデカルトの形而上学に対する批判であって、デカルトの数学的な功績だとかは考慮に入れていないでしょう。

結局のトコロ 、デカルトはあくまで近代哲学のシンボリックな存在だという印象が、いっそう強まると思います。「近代哲学の父」としての実体がどこまで備わっているかは、微妙なところだと思います。桂寿一や野田又男のデカルト本を読み直さねば、と思わされます。

忘れるのが人間なので、仕方がないということで。
by essentia | 2006-04-30 14:35 | 仏哲の明晰性と非歴史性
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